【はじめに】
癌性髄膜炎は、進行がんの末期に合併することが多い重篤な疾患であり、予後不良です。
がん患者に癌性髄膜炎が起きると、厳しい転帰をたどることが多いです。
特に肺がんによる癌性髄膜炎は、患者さんのQOLを著しく低下させ、治療方針の決定を困難にする場合があります。
ここでは、肺がんによる癌性髄膜炎の診療において、臨床医が知っておくべきポイントを要点を絞って簡潔にまとめました。
急性期総合病院の呼吸器専門医としての臨床経験も交えて解説しますので、診療のご参考に頂ければ幸いです。
疫学
- 転移性がん患者の約5%に診断される
- 原発巣として多いのは、乳がん(12〜35%)、肺がん(10〜26%)、黒色腫(5〜25%)、消化管悪性腫瘍(4〜14%)など←実臨床では、肺がんが一番多い印象
- 組織型は腺癌が最多
- 非小細胞肺がんの患者を対象とした大規模研究では、EGFR遺伝子変異陽性患者(野生型EGFR患者より)で癌性髄膜炎のリスクが高い
発症機序
1.脳と脊髄を囲む膜には、硬膜、くも膜、軟膜の3つの膜がある。くも膜と軟膜を総称し軟髄膜と呼ぶ
2.くも膜下腔はくも膜と軟膜の間にあり、脳脊髄液(CSF)と脳実質を貫通する動脈の両方が含まれている。悪性細胞がくも膜下腔全体に広がっていく
3.腫瘍細胞は以下の経路でCSFに侵入すると考えられている
- くも膜下血管を介した血行性拡散(一般的)
- 脳実質からの直接の伸展(一般的)
- 脈絡叢転移から
- 脊椎、硬膜下、硬膜外転移からの直接の伸展
癌性髄膜炎の多彩で特徴的な症状を起こすメカニズム
上記の経路で腫瘍細胞がCSFに侵入した結果、様々な症状が引き起こされる
1.頭蓋内圧の上昇
・軟髄膜への腫瘍の浸潤
・水頭症
2.脳神経や脊髄神経根の障害
3.びまん性脳機能障害
4.脳浮腫(腫瘍による圧排、血液脳関門の破壊など)
症状の特徴
数日から数週間かけて症状を発症。急速な経過で悪化していくケースも多い
今までの経験では、治療中の肺がん患者が癌性髄膜炎を発症してくると、全身状態が悪化してしまい、次の化学療法ができなくなることがほとんどです。すなわち、緩和ケア療法が主体となり、終末期の対応をするケースが多いです。
多巣性の神経学的徴候・症状
- 頭痛:最も一般的な初期症状(30~50%で)。頭蓋内圧亢進や髄膜の炎症により生じる。特徴は、首の痛みやこわばり、頭を動かすと増悪する頭痛
- 悪心、嘔吐
- 脚の脱力
- 小脳失調:歩行の不安定性、転倒など
- 精神状態の変化:混乱、物忘れ、見当識障害、性格の変化など
- 複視:よく見られる脳神経症状の1つ
- 顔面の脱力感:脳神経障害を反映している可能性
- 痙攣発作、意識障害:進行、重症化例で多い。死亡に至る
- 水頭症:乳頭浮腫の有無、腰椎穿刺時の髄液圧上昇で確認できる
こんな時に疑おう!診察のポイント
- 担癌患者や癌既往歴のある患者で、上記症状を認めた場合は鑑別に
- 特に担癌患者の難治性頭痛、認知機能低下、歩行障害、尿失禁などを認めた時
癌性髄膜炎の症状は本当に多彩です。
かつ、遭遇する頻度が高い疾患ではありませんので、疑って鑑別に挙げることが意外と難しいです。
私自身も「もしあの時、初診時に鑑別に挙げて、すぐに検査を進めて、対応を行うことができていたら予後は変わっていたかもしれない」と後悔をした経験があります。
また、他の医師の診療をみてみると、同様に感じるケースがあります。
検査:確定診断にはMRI、髄液細胞診が有用
1.頭部(造影)MRI:髄膜に沿った造影効果、結節病変の有無を確認
2.髄液細胞診:悪性細胞の検出
細胞診の感度は80〜95%(1回目は71%程度)であり、陰性だと臨床医を悩ますことになります。
1回目で陰性であっても疑う時には、2回目、3回目と繰り返すことで感度は上昇するため再検を考慮しましょう。特異度は非常に高く確定診断になります。
髄液の所見は、高蛋白質、グルコース濃度の低下、リンパ球優位の細胞数増加がみられます。
診療・治療方法
1.全身管理と緩和治療:全身状態、神経症状の維持・改善を目指す
2.原疾患に対する治療:全身化学療法、放射線療法
- 全身化学療法:中枢神経系活性のある薬剤を選択(EGFR/ALKなど遺伝子変異の陽性非小細胞肺がんでは、EGFR阻害薬やALK阻害薬などの分子標的薬の効果が期待できる)
- 放射線療法:全脳照射、局所照射、脊髄照射など
3.水頭症・頭蓋内圧亢進に対する治療:シャント術(VPシャントなど)
4.薬物療法:
・ステロイド:デキサメタゾン 8〜16mg/日
・グリセオール
・抗てんかん薬:レベチラセタム(痙攣発作時、再発予防に無期限投与。運転は控えるように)
・鎮痛薬
・制吐薬
・神経障害性疼痛治療薬:ガバペンチン、プレガバリン、デュロキセチンなど
・オピオイド:疼痛が強い場合
・髄腔内薬物療法:メトトレキサートが汎用(全身化学療法に対する優位性は確立されていない)
Ommaya(オンマヤ)リザーバー留置を考慮(脳神経外科に相談)
水頭症合併例では、髄腔内投与のリスクが高い
5.症状緩和が得られない場合は、鎮静も考慮
6.予め状態悪化を想定した病状説明を進める
予後
- 予後不良群では3か月未満
- カルノフスキーパフォーマンスステータス (KPS)<60 の患者(例:自分で身の回りのことができない状態にまで悪化しているケース)、急性水頭症、残された治療選択肢が限られている場合は、積極的な治療を行っても特に予後不良(1〜2ヵ月)
- 発症後は急に状態が悪化することが多く、家族と終末期について話し合う必要がある
まとめ
今回は、肺がんによる癌性髄膜炎について臨床医が知っておきたいことをテーマに解説しまとめてみました。
癌性髄膜炎は、経験する機会が多いわけではないため、臨床経験が乏しいと、対応が遅れてしまうことも多い病態です。
診断・治療が難しいですが、早期発見と適切な治療により、症状緩和とQOLの維持を目指すことができるケースもあります。
この記事が、がん診療を行う若い先生方、臨床医の先生方のお役に立てれば幸いです。
(なお、実際の臨床では、症例毎に適応を判断し、各自の責任で診療をお願いします)